風を訪ねて

「自分でもどこへ行くのか分からない。それでも何かを目指して進みたい。」なんて思ってる私の日々の記録。4月から世界一周!!

~アウシュビッツ強制収容所~

ベルリンからポーランドクラクフまで向かうバスの道中、ドイツとポーランドの国境はバスに乗っていてもわかります

 

ポーランドへ入った瞬間、バスがガタガタ揺れるのです

 

昔に作られた石畳の道路が残っているのだとか

 

さすがに全部の道がガタガタ揺れるわけではありませんが、夜中何度も起こされました

 

そして早朝にクラクフに到着

 

宿はクラクフに予約してあるのですが、ここからバスで2時間ほどのところにアウシュビッツがあるので日帰りで行きます

 

ちなみにアウシュビッツってドイツ語の地名でポーランド語ではオシフェンチムと言います

 

朝一番のバスに乗り込みアウシュビッツ強制収容所

 

到着すると既に入場待ちの列ができていました

 

すると後ろから英語で

 

「中国語話せますか?」

 

同じアジア人の顔だったので中国人であることを期待したのでしょう、中国人のお姉さんが話しかけてきました

 

せっかくなので一緒に見て回ることにしました

 

カンボジアのS21で気を失ったことのある私としては一人で行くことが避けられてよかったです

 

ちなみにこの日は

 

どんよりした空気が漂います

 

 f:id:FuRisk46:20170924121651j:image

収容所はたくさんの棟に分かれており、それぞれに一つのテーマを設けて資料や解説が展示されています

 

ただ、今回私は解説をちゃんと読んでいないし、すべての棟に行ってもいません

 

いくつかの棟に行って、写真や展示品を軽く見て回りました

 

解説が全て英語で時間がかかるというのもありましたが、カンボジアのときのように、また気分が悪くなるんじゃないかと恐れていました

 

銃殺場地下室なんかもあったんですが、ちょっとでも当時のことを想像しようとしたら雰囲気に飲み込まれてしまいそう

 

できるだけ感情を飲み込まれないように、深く考えすぎないようにしていました

 

アウシュビッツ強制収容所跡には、一度だけでなく、これからの人生の中で何度も来ようと来る前から決めていたので、今回は建物の様子を観察する程度でもいいやと思っていました

 

事実、ここにはただ建物があるだけでもう何もないのです

 

 

人々が収容されていたのは70年以上も前の事、死体があるはずもなければ、匂いだって残っていません

 

それでもここで何か恐ろしい雰囲気を感じるのは、残された写真、建物、資料をみて私が想像しているからにすぎません

 

だからどうって訳でもないですが

 

なんとなく思っただけです( ¯ω¯ )

 

 

アウシュビッツ強制収容所二つに分かれていて、もう一つの場所は第一収容所から無料でシャトルバスがでています

 

f:id:FuRisk46:20170924121756j:image

 

ただただ広い

 

 f:id:FuRisk46:20170924121807j:imagef:id:FuRisk46:20170924121812j:image

 

ホロコーストを経験し、その実体験をつづったV・E・フランクル『夜の霧』を思い出しました

 

敷地全体に張り巡らされた金網フェンス粗末なトイレ木のベッド

 

私が読んだ本に挿絵があったかどうかは覚えていませんが、私が思い描いていた収容所そのものがここにはありました

 

収容所と聞くとコンクリートでつくられた牢獄のようなものを想像しがちですが、実際は全てが粗末なものでした

 

f:id:FuRisk46:20170924121920j:image

 

収容所内に咲いていた小さな花は、当時も咲いていたのかな、、

 

ここもしばらく見学した後、一緒にいた中国人女性とクラクフに戻りました

 

 

 

このクラクフという町、ほんとに素敵な町で滞在期間を延ばしたぐらいなんですが、テンションが違いすぎるのでまた別の記事で書きますね

 

それでは、今回も読んで下さりありがとうございました!

~ベルリンで奇跡の帰還!?~

ヨーロッパ二つ目の国、ドイツです!

 

ドイツを選んだ理由は、小学生の頃に読んだアンネの日記の影響でナチスへの関心が以前からあって、

 

ナチスについて学びたいと思ったからというのと、アウシュビッツ強制収容所に行きたかったからです

 

でもね、アウシュビッツってポーランドにあるんですよ

 

知ってました?

 

私は実は知らなくて、アメリカでドイツの計画立ててるときに知って衝撃でした

 

ほぼアウシュビッツのためだけにドイツ行くのにポーランドかいっ!!

 

結果、ポーランドも予定に加わりました

 

そんな背景でドイツ、ベルリンに訪れたんです

 

到着二日目、自転車レンタルが近くの店にあったので、Googleマップで行きたいところを事前にチェックして

それをみながら自転車で巡ることにしました

 

まず一か所目は国会議事堂です

 f:id:FuRisk46:20170918212429j:image

軽く写真を撮って立ち去ります

 

次はブランデンブルク門

 f:id:FuRisk46:20170918212442j:image

 

ベルリンってドイツの首都だからもっと建物が密集していて人も多いと思っていたんですが、そうでもなく

 

ドイツ語や、ドイツ人の顔立ち(私のイメージでは鼻が大きめ)から感じるに、イギリスと比べて陽気な雰囲気があります

 

同じヨーロッパでもはっきりとそれぞれの国に特色があっておもしろい

 

ブランデンブルク門を後にし、次に来たのはこんなところ

 

f:id:FuRisk46:20170918212535j:image

 

虐殺されたユダヤ人を追悼し、ドイツの人々がその過ちを忘れないように作ったというモニュメントです

 

団体のツアー客が来たりしていましたが、一方で地元の人は犬の散歩の休憩で石に腰かけたり、子供がかくれんぼをしたりしていました

 

私はそれを悪いことだとは思いませんし、むしろベルリンでは町の至るところに戦争の傷跡が残されていて、それが生活のなかに溶け込んでいます

 

生活の中に溶け込んでいるからこそ、日常の中でふとした時に戦争について思い出すことができるんじゃないでしょうか

 

後世に伝えていくにはそんな日常に潜むメッセージの方が、学校で一度習うだけとかよりはいいと思います

 

まあ、このモニュメントが当初から休憩用のベンチや子供の遊び場になることを想定していたのかは定かではないですが、、(笑)

 

 

続いてはテポのトポグラフィー

 

かつてナチスゲシュタポ、SS、SDの本部があった跡地に現在はナチス政治を記録し後世に伝えるための資料館として建物が建設され無料で公開されています

 

 f:id:FuRisk46:20170918212739j:image

中には時系列にドイツ語と英語で表記されたナチスの解説が並んでいます

 

1時間ほど、わからない単語も調べつつ読んでいましたが、それでも全体の5分の1ぐらいしかすすんでおらず、

 

あまりに時間がかかり過ぎるので写真を中心に気になったところだけ集中して読みました

 

理解できている内容は読んだ部分の半分もないと思うので聞かないでください、、

 

気になった写真で、ナチスが見せしめに何人ものロシア人を道路の並木にぶら下げて、首をつっている写真がありました

 

なにもかもが異常だった

 

そう印象づける写真でした

 

テロのトポグラフィーをあとにし、次はランチです

 

ドイツっておいしいものがたくさん

 

前日も夜に食べたパンに挟まっていたチーズが美味しすぎて感動

 

そしてこの日は有名なカリー・ヴルストのお店「CURRY36」に行きました

 

f:id:FuRisk46:20170918212902j:image

カリー・ヴルストとはソーセージの上にカレー粉をまぶし、ケチャップをかけたB級グルメです

 

いやーおいしかった

 

おなか一杯になって、再び自転車に乗り、今度は丘の上にある戦勝記念塔を目指します

 

ここまでめちゃくちゃ充実してるドイツ、鼻歌なんか歌いながらどんどん進みます

 

戦勝記念塔まであと坂道一本というその道で、人の大衆にぶつかります

 

f:id:FuRisk46:20170918213008j:image

 

見た感じデモかパレードか、どうやらセクシュアリーマイノリティがその権利を主張してゲイパレードを行っているといった様子です

 

思わぬ群衆になかなか自転車が進みません

 

そして、アッと気づいたとき

 

 

自転車の後ろのかごにリュックと携帯を入れていたのでした

 

 

 

リュックはワイヤーキーで繋いでいましたが携帯はそのまま放り込んであるだけです

 

 

こんなに人が多い所だったら盗られる!と気づいて荷物を確認したときにはもう携帯はありませんでした

 

もしかしたら落としたのかもと思って道を引き返すもどこにも見当たりません

 

 

 

やってしまった、、、、

 

 

 

だってこんな人込みに遭遇するなんて思ってなかったし、他の自転車を見ても後ろのかごにそのまま荷物のせてるし、もしかしたらベルリンはスリとか起きないのかもしれないと変に過信して油断していた

 

ここまで最高の一日だったのに、、、

 

 

観光は中止して宿に帰ります

 

といっても、地図はGoogleマップ頼りだったから携帯がないと、超絶方向音痴の私は当然迷います

 

すると突然の豪雨とかみなり

 

 

あんまりだ(;▽;)

 

 

気分の落差が大きすぎる

 

なんとか宿に戻り、Simを入れてモバイルデータを使えるようにと買っていたアンドロイドを充電し、親に連絡

 

失くしたのはiPhoneで、日本にいる時から使っていたもの

 

Wi-Fi下でしか使えないため、Simフリー端末からWi-FiとばしてiPhoneを使おうと思って旅直前に買ったのが充電中のアンドロイド

 

でもあまりにアンドロイドがポンコツで使えなかったので、世界一周中はほぼiPhoneだけをWi-Fiのあるところで使っていて間違いなくiPhoneが旅の重要アイテムだったのです

 

LINEはもちろん、宿や航空券の予約、使ったお金の記録もiPhoneでしてた

 

写真や予約の控えはクラウド共有でアンドロイドでも見れるようにしていたけど、LINEそしてiPhoneにメモしていた覚え書きなんかはどうしようもありません

 

ポンコツアンドロイドで旅を続けなければいけない不安と、心の支えであった友人との連絡が取れなくなったことでその日一日泣きっぱなしでした

 

次の日、保険の手続きに盗難届が必要なため、重い腰をあげて警察に向かおうかという時です

 

ホテルの従業員が部屋に来て、私にこう言います

 

何か落とし物してない?

 

 

え??携帯失くしましたけど、、、?

 

 

警察が君の持ち物拾ったってホテルに電話かかってきて、午後1時に届けにくるらしいからロビーに取りにきてね」

 

 

は、、い、、、????

 

 

え、携帯戻ってくるの?

 

 

警察がひろった?

 

 

状況が把握できず、話を聞くと、どうやらiPhoneは盗られたのではなく、私が落としただけ

 

それをたまたま警察が拾ってiPhoneケースにこのホテルのカードキーが入っていたので連絡したとのこと

 

 

わああああ、まっじかあああああ

 

 

自分が落としてただけっていうオチ、恥ずかしすぎる

 

スリを疑ったベルリンの皆様ごめんなさい

 

 

しかし!!

 

とりあえず携帯は戻ってきそうですが、まだ安心はできません

 

なんせ昨日私が携帯を無くした後、あの豪雨でしたから

 

もし警察が拾ったのが雨の後なら間違いなくiPhone水没、使えなくなっているはず

 

 

どきどきしながら待ちます

 

そして、約束の時間

 

ロビーで携帯を受け取ります

 

 

電源は、、、、?

  

 

 

 

 

ついた!!!

 

iPhoneが、奇跡の帰還を遂げました

 

いやもう。ほんとに。よかったです。

ベルリン警察ありがとう

 

  

今回は運がよく、携帯が戻ってきたものの今後おなじようなことが起きても、戻ってくることは無いでしょう

 

気を引き締めて、旅を続けるのでした

 

感情の起伏が激しかったドイツ、今度はポーランドです

 

 

読んで下さりありがとうございました!

~イギリスでテロについて考える~

世界一周も後半戦!

 

続いて、イギリスマンチェスター

 

マンチェスターといえば、サッカーのマンチェスターユナイテッド

 

産業革命の中心地でもあります

 

そして今年の5月

 

アリアナグランデのマンチェスター公演中に大規模なテロが起きました

 

私が世界一周を始めて間もないころの出来事で、イギリスへ行く前、私の中ではイギリスは近年テロが頻発している怖い国でした

 

ニュースで報道されていたあの国、あの都市に今私はいる

 

テロに対する私の恐怖はそれは強いものでした

 

だっていつ巻き込まれるかわからない、私に何にも関係がない人から突然命を狙われる

 

それだけじゃなくてテロの何がダメかって、テロって社会問題ですよね

 

極端な話ただの(ただのとか言っちゃだめかもしれない)殺人事件個々の問題で、個人への不満が直接的な殺意という形で現れた

 

でもテロって、社会への不満が直接には関係のない人に危害を加えることで形になっている

 

それって関係のない市民が殺されることが問題ではあるんですが、それ以外にも問題があるんじゃないかと私は思っていて

 

社会に対して何か不満があったとき、その不満ををありのままの形一つの意見として、社会に出せない風潮があるんじゃないかなって

 

あるいは何か不満があって、今の社会に違和感をおぼえているんだけどそれが具体的に何の不満なのかがわからなくて、でもどんどん不満がつのっていって爆発しちゃうみたいな

 

何言ってるか分からないですよね(-_-)

 

根拠も何もない素人のたわごとです

 

話を戻して、

 

とりあえず私は

 

テロに巻き込まれて死ぬのだけは嫌だ

 

と思っていました

 

テロに巻き込まれて全国ニュースになんか載ってしまったら、私みたいに旅する人が減るかもしれない

 

何としても無事でいなければ

 

という使命感もありました

 

 

だから、失礼な話だという自覚はあるけれど、

私の中でテロのイメージの強いヨーロッパ、特にイギリスに滞在する間、ずっと警戒しておびえていました

 

テロに巻き込まれるよりも交通事故に巻き込まれる可能性のほうが、どう考えても高いということもわかってましたが

 

それでも怖い

 

そんなんなら、イギリス行くなって言われそうですが、、

 

空港から、電車に乗って、街を歩き、宿につくまでの間、私はずっとドキドキしてました

 

電車の壁にはもしもの時の注意事項が目立つところに貼られている

 

電車に乗るときも、隣の見ず知らずの人間が危険な人間かどうか気にて乗らなきゃいけないのかな

 

町を歩いていて、ここには車道と歩道の間に何もないから、車が突っ込んできたらおしまいだな

 

そんなことばかり考えていました

 

マンチェスターに到着した次の日

 

こわいから何もしないというのはさすがにだめだなと思って、宿を出ます

 

大丈夫。交通事故が怖いから外にでないなんてことがあるか?この町にいる人間は私だけじゃない、みんな普通に外に出ている

 

と、いいきかせます

 

今思い返すと、ここまで怖がっていたのは異常

 

マンチェスターは中心部に色々集中している町なので、歩いて観光名所を巡ることができます

 

宿に街歩きマップが置いてあったのでそれを参考に観光開始!

 

最初は、どうしてもテロのことが頭によぎっておびえていた

 

でも

f:id:FuRisk46:20170918210155j:image

アメリカとはまた違った雰囲気の建物

 

f:id:FuRisk46:20170918210206j:image

町行く人々がみんな堂々としていてかっこいいこと

 

f:id:FuRisk46:20170918210309j:image

立ち寄ったステンドグラスがきれいな協会の神父さんがめちゃくちゃ紳士的で使ってる英語意味わからなかったけど優しかったこと

 f:id:FuRisk46:20170918210340j:image

 

f:id:FuRisk46:20170918210345j:image

あとは天気の良さに後押しされて

 

いつの間にか街歩きを楽しんでいました

 

自分の単純さ、影響されやすさに救われました(笑)

 

とりあえずマンチェスターはそんな風に楽しむことができたのですが

 

次の都市、ロンドンへ着いたとき、私の恐怖は再燃しました

 

マンチェスターとは比べ物にならないくらい人が多いし、テロの標的になりそうなところがたくさんあったからです

 

実際に、今年6月3日にテロが起きた現場、ロンドン橋バラマーケットはすごい数の観光客でにぎわっていました

f:id:FuRisk46:20170918210813j:image

 

テロが起きたからと言ってロンドンは観光客が減るようなところではないようです

 

 

ただ、

f:id:FuRisk46:20170918210801j:image

ロンドン橋のたもとに供えられた花が、その花の周りだけが悲しい雰囲気を漂わせていました

 

ここで車が暴走して、ナイフを持った犯人がバラマーケットへ向かったのだ

 

想像しながら犯人が通ったであろう道をたどります

 

多くの観光客がその日のランチを楽しんでいました

 

美味しい匂い、素敵な食べ物に囲まれ活気あふれる市場がそこにありました

 

ただ、爆発物が無いかしきりに調べてまわる警官だけが、私にはモノクロに写りました

 

以前、ベトナムで出会ったイギリス人に尋ねたことがあります

 

イギリスではテロが頻発しているけど、怖くないの?

 

確かに怖いし、今も家族のことが心配だけど、いちいち気にかけてられないよ。ロンドンにはたくさんの人がいる。テロに遭遇するのは宝くじに当たるようなものだよ

 

同い年の彼女は続けます

 

それに、テロで混乱が起きていたら、犯人たちの思うつぼだよ。テロに屈しずいつも通り過ごすことが、なによりテロに反抗する手段なんだ

 

 

強いなと思いました、むなしいなとも思いました

 

今、市民たちにできる具体的な行動は、恐怖を恐怖ととらえずできるだけ関心を向けないことだというのです

 

なんかすごい意地悪な表現になっちゃった

 

上手い表現の仕方がわかんないや

 

もし、テロのようなことが起こると数年前に分かっていたなら、何か予防策はあったのでしょうか

 

数年後、もしくは明日に日本でテロが起きるとすれば、今私たちは何をするでしょうか

 

そもそもテロの原因とはなんなんでしょうか

 

 

答えは出せなくても、一度考えてみる考えたことがあるというのが私たち一般人が最低限するべきことではないでしょうか

 

そんなことを、イギリスに行って考えてみました

 

次はドイツ

 

ドイツも色々あって面白かった笑

 

今日も読んで下さりありがとうございました!

 

 

番外編

テロ怖い怖いとは言ってましたが普通に楽しんでましたよ!

 

f:id:FuRisk46:20170918211300j:image

f:id:FuRisk46:20170918211305j:image

バラマーケットの美味しそうな食べ物!

 

f:id:FuRisk46:20170918211332j:image

大英博物館で見たモアイ像(笑)

 

f:id:FuRisk46:20170918211355j:image

人が多くて入れなかったけど、シャーロックホームズ博物館

 

今回だけじゃ、まわり切れなかったのでまた行きた!!イギリス!

今度は北の方の街にも行きたいなぁ

 

 

〜アメリカで友達に会いました〜

ニューヨークを一日観光した次の日、シラキュースにいる友達えりかに会いに行きます

 

はえりかと会うのは初めて

 

高3の冬にオンラインの講演で知り合ったのがきっかけで、高校卒業後はアメリカの大学に進学するというえりか

 

知り合った当初は世界一周の計画途中で、私の進路はまだ形にもなってなかったから高校生の時から目標をしっかり持って着実に進んでるえりかにすごく憧れました

 

ちょうど私がアメリカに渡るころにえりかも渡米して、シラキュースにいるおばさんの家にしばらく滞在する予定らしいから、会えることになったのです

 

シラキュースに向かう途中、にやにやと緊張が止まらなかった

 

考えてみれば、日本でも会ったことない友達に海外で、それも世界一周中に会うなんて不思議な状況

 

バスを降りて初めどんな風に挨拶しようか考えていると一台の車が来て、女の子がおりてきました

 

えりかかな?って考える暇もなく「りんか~!」って走ってきて、ぎゅ~っとハグ

 

しばらく日本人に会うこともなかったから、すごく安心してうれしかった

 

えりかのおばさんのベッキーともあいさつして、車に乗り込みます

 

あ、ちなみにベッキーはアメリカ人です、つまりえりかはハーフ

 

でもずっと日本に住んでたらしくてアメリカの大学に入るのはえりか自身の選択です

 

車の助手席で英語を自由に扱っておばさんと楽しそうに会話するえりかを見て

 

すげ~

 

と感動する私

 

その日は夕方から野球観戦に行く予定で私が着いたのはちょうどお昼

 

時間まで近くのモールで遊ぶことになりました

 

アメリカ!って感じのハンバーガーを食べて腹ごしらえをした後、モールの上の階へ

 

そこにはアスレチック謎解きアドベンチャーゲームなどモールなのに一つの遊園地みたいになってました

 

モール内に張り巡らされた綱やはしごを渡り歩くというアスレチックをすることに

 

 f:id:FuRisk46:20170917202229j:image

 

子供向けかと思ったけど思った以上に楽しかった

 

でもそれ以上に楽しかったのが鏡の迷路

 

壁がすべて鏡張りになっていて、進めると思ったところが鏡だったりしてめっちゃ楽しかった

 

 f:id:FuRisk46:20170917202402j:image

言葉では伝わらないけどとにかく面白いの!

 

そうやってたくさん遊んだあとは野球観戦にいきます

 

 f:id:FuRisk46:20170917202810j:image

マイナーリーグで全然知らないチームだったし、応援していた地元のチームは負けちゃったけど球場の雰囲気や盛り上がり方がアメリカらしくてすごく楽しかったです!

 

 f:id:FuRisk46:20170917202817j:image

無料でキャップももらえた!

 

野球を見終わったのでベッキーの家に帰ります

 

 f:id:FuRisk46:20170917202839j:image

とっても素敵なお家!

 

夜家の庭にはが飛んでいて、しかもその日は近くで花火が上がっていました

 

蛍も花火もその時期には日本にいなくて諦めてたから、思いがけず見ることができて満足

 

はえりかとウクレレを弾いてみたり、お互いの将来の話、あとはガールズトークにも花が咲き、遅くまで語り合いました

 

結局次の日は昼前まで寝過ごして、朝起きるとベッキーチョコチャンククッキーを焼いてくれていました

 

 f:id:FuRisk46:20170917203039j:image

手作りとは思えないくらいおいしい!!

 

その後はベッキーの息子さんも一緒に、名物だというソーセージが白いホットドッグを食べに行きました

 f:id:FuRisk46:20170917203113j:image

チョコレートミルクと一緒にいただくのが通なんだとか

 

 

さて、次の目的地はというと、かつてはエリー運河の宿泊地として栄え、今は跡地になっているという歴史公園

 

そこで地元のオーケストラ楽団が演奏を行うので聞きに行くことになりました

 

 f:id:FuRisk46:20170917203210j:image 

エリー運河についても学びつつ、4,5人のアンサンブルを聞いて癒されました

 

私は小学校のときに吹奏楽をしていたのですが中学、高校は運動部で楽器に触れることがなく

 

やっぱり音楽っていいな~と思いました

 

日本に帰ったら趣味として練習しよう

 

日本でトランペットとかサックスとか吹いてたら苦情が来そうですけどね(笑)

 

それからまだ使われている運河があるというのでそれを見に行き、

 

 f:id:FuRisk46:20170917203342j:image

 

そばにあったレストランで夕食をすませました

 f:id:FuRisk46:20170917203428j:image

夕食の途中に見れた夕日がすごく綺麗だった!

 

ベッキーの家に帰り、少し休憩をとると、もうニューヨークへ戻らなければいけない時間でした

 

もっと長く滞在して、たくさん話したかったけど次の日にはアメリカからイギリスへのフライトに乗らなければいけません

 

えりかにも、ベッキーにもありがとうと言ってお別れをしました

 

次会うのはアメリカか日本かどっちだろう?

 

バスを待ちながら考えました

 

 

(その数分後に私が財布を忘れていたことに気づき、思わぬ再会を果たします笑)

 

 

 

 

サンフランシスコもニューヨークも素敵だけど、私は一番シラキュースが好き!

 

自然いっぱいで、家が可愛くて広くて、人も時間もゆったりとしていて

 

一番の理由はえりかとベッキーに会えたからですね

 

えりかに会って、いい刺激をもらえました

 

私ももっと英語を話せるようになって、はやくえりかに追いつきたい!

 

がんばろう。

 

夜行バスでニューヨークに戻った後、フライトの時間までブルックリンを中心に少し町を歩きました

 

最近おしゃれな芸術家の町として人気なブルックリン

 

f:id:FuRisk46:20170917203727j:image

壁の落書きもおしゃれでした!!

 

f:id:FuRisk46:20170917203802j:image

美味しいアイスなんかも食べちゃったりして、

  

でも、ブルックリンも一人で来るより友達とかと来た方が楽しいんだろうなあ

 

早めに空港に着き、次の国の下調べをします

 

続いてはイギリス

 

ぜひ、次の記事も読んでください

 

読んで下さりありがとうございました!

 

~ニューヨーク一日観光~

さて、サンフランシスコを後にして、飛行機でニューヨークへ向かうのですがここでも宿泊費を抑えるため、夜行便に乗ります

 

しかし、実はわたし飛行機が怖くて、飛行中はあまり寝れないんです

 

東南アジアでは文字通り崖っぷちを走り、かなり荒い運転のバスでぐっすり寝ていたんですが、どうも空を飛ぶのは苦手で、、

 

飛行時間が5~6時間ぐらいでしたがあまり寝られず、睡眠不足の謎にハイなテンションで空港に到着

 

次の日には友達に会いにニューヨークを一旦離れるので、街歩きが出来るのは今日一日だけ

 

すぐに宿に荷物を預けにいって町に繰り出します

 

まず私が向かったのはグラウンド・ゼロ

 

9.11で当時ワールドトレードセンターが建っていた場所に慰霊碑があり、犠牲者の名前が刻まれています

 

 f:id:FuRisk46:20170917125004j:image

f:id:FuRisk46:20170917125010j:image

その隣にはメモリアルミュージアムがあり、入場料$24と高いですがそれほど充実した内容になってます

 

 

私がメモリアルミュージアムの中で特に印象に残ったものが二つあって、

 

まず一つ目はまるでタイムスリップしたかのように当時の状況をさかのぼることの出来る部屋です

 

新聞ニュース、そしてハイジャックされた飛行機との通信記録などがそのまま残されていて、分刻みでかなり詳細に当時の動きが再現されていました

 

私は、9.11について

 

「ワールドトレードセンターの二つのビルにハイジャックされた飛行機が突っ込んだテロ」

 

ぐらいの認識しかしかなくて、

ビルに突っ込んだ二機以外にも別に二機の飛行機がハイジャックされていたことなどたくさん知らないことがありました

 

それにこのテロがいかに世界に影響を与えたか、アメリカの人々を恐怖に陥れたか、少し考えればわかるし、言葉では理解していたつもり

 

だけど映像で映し出された人々、ビル崩壊後の救出作業残された展示物を見てはじめてその恐ろしさを感じました

 

そしてさらに現実味を帯びさせるのを後押ししたのは、二つ目に印象に残ったもの

 

小さな一室で犠牲者を追悼する映像が流れていました

 

犠牲者の名前写真当時の年齢、そして家族からのメッセージを音声と文字で一人数分ではあるけれども、彼らがこの世に生きていたことを証明するには十分でした

 

新婚で働き始めてすぐだった青年や、主産前の妻をもった夫世界を舞台に働くことを誇りにしていた女性など

3000人以上の犠牲者のうち私が見たのは10人だけ

 

むしろ10人もの人生の終わりを実感してこれ以上は苦しくて見れなかった

 

 

すごく充実したミュージアムでたぶん3時間ぐらい滞在してたけど、ニューヨークに来て最初の目的地にグラウンドゼロを選んだのは間違いだったかもしれないです

 

一人重い空気でタイムズスクエアにいってもやっぱり楽しいわけもなく

 f:id:FuRisk46:20170917125525j:image

人が多すぎて逃げるように退散

 

次はメトロポリタンミュージアムへ

 

途中、セントラルパークに寄って行って、リスを見つけて一人興奮

 f:id:FuRisk46:20170917125609j:image

f:id:FuRisk46:20170917125616j:image

大都市なのにこんな緑いっぱいの公園もあるのって素敵だと思います

 

メトロポリタン美術館に着き、任意入場料で$1だけ払って色々有名なものとか見たはずですが、寝不足のせいか全然覚えてない

 

他にもいくつか行ってみたいところはあったけど、体力の限界を感じて宿に戻りました

 

ちなみに宿は中国人街のすぐ近くにあって、一週間ぶりに中国を感じましたとさ

 

次の日、早起きしてバスで四時間ほどのシラキュースに向かいます

 

日本で知り合った友達に会いに行くのです!!

 

次の記事で書きますね! 

 

 ぜひ読んでください

 

ありがとうございました!

 

 

~サンフランシスコ滞在~

アメリカでどんなことがあったのか、具体的に書いていきます!

 

まず、サンフランシスコ国際空港に着いたのは7/5の夜

 

少しでも宿泊費を安くするため、この日は空港泊

 

私と同じように空港で夜を明かす人は何人かいて、コンセントもあるし、Wi-Fiも使える、ふかふかの椅子やソファもあったので結構快適でした

 

ただ、思っていたより気温が低く、半そでにパーカーでは寒かった

 

周りの人も暖かそうな恰好をしていました

 

なんかパーカーにジーンズってアメリカ感ありません?

 

次の日の朝、予約した宿のチェックインは午後からだし、特にすることもなくパン屋にでもいって公園で暇をつぶそうかと行動開始

 

町の中心部へエアトレインで移動します

 

なぜかわからないけど、このエアトレインが個人的にすごく印象に残っているんです

 

日本の電車みたいにふかふかの椅子なんてなくて、プラスチックの椅子

 

いろんな人種の人がいて白人、黒人、アジアっぽい顔立ちの人もいる

 

みんな周りの空気を遮断しているみたいで、

 

ヘッドホンで音楽を聴く人、

携帯を触る人、

何をするでもなくぼーっと前を見る人

 

それぞれが干渉することなく自分の世界に入っているのを見て、「先進国」って感じました

 

日本でも同じような光景が見られるけど、ずっと東南アジアとかに行ってたからかすごく新鮮

 

外は濃い霧に覆われていて、まさに灰色の空間だった

 

 

美味しいと口コミで噂のパン屋の最寄り駅で降りたけど、まだ時間が早すぎてパン屋はオープンしていない

 

仕方がないので近くの公園のベンチに座り、暇を持て余した

 

30分くらいたっただろうか、一人の女性が話しかけてきた

 

「あなたここで何をしているの?英語は話せる?ひとり?」

 

 私がひとりで、しかも18ということを知ると彼女はいっそう興奮した様子で

 

「私にはあなたぐらいの娘がいるの。どうしてここにいるの?ここは危ないわ。

今だって、すぐ目の前で当て逃げ事件が起きたの。

その犯人が逃げていくとき、あなたのことをじっと見てたから危険だと思ってあなたに声をかけたの」

 

目の前で事故が起きてたのに全く気づいていなかった、、

 

そういえば、治安のこととか気にしてなかったな、、

 

私がチェックイン待ちで時間を持て余していることを伝えると、彼女は図書館に行くことを勧めてくれました

そこなら、無料で休めるし、ネットも使えるとのこと

丁寧に行き方まで教えてくれて、その後アメリカにいる間はずっとメールで私のことを気遣ってくれていました

 

今回はこうやって声をかけてくれる人がいたけど、次からはちゃんと治安のチェックもしよう、、

 

彼女に教えてもらった通りに図書館へ行き、午後からは無事宿につきました

 

それにしてもやっぱり、今までに行ってた国とは街並みが全く違います

 

f:id:FuRisk46:20170916215035j:image 

どの建物も三階建て以上だし、何気ないマンションとかも外見がおしゃれ

 f:id:FuRisk46:20170916215053j:image

ただ町を散歩するだけでも楽しめそうです

 

 

それから一週間ほどサンフランシスコに滞在していたんですが、あまり気分がのらなかったのと、何をするにも物価が高いのとで宿にこもるか、ぶらぶら散歩するぐらいでした

 

一応、サンフランシスコといえばゴールデンブリッジフィッシャーマンズワーフをひとりで訪れましたが、、

 

f:id:FuRisk46:20170916215142j:image

f:id:FuRisk46:20170916215147j:image

 

ひとりでこういうところ観光しても楽しくないよね(笑)

 

写真撮ってすぐ帰りました

 

もっと田舎の方に行けばよかったなーと後悔

 

サンフランシスコでは旅の計画や下調べをしながらぼーっと一週間を過ごし

 

次の都市、ニューヨークへ向かいます

 

さすがに何もしなさすぎたのでニューヨークでは限られた時間の中、色んな所へ行ってみました!

 

 今日も読んでくださりありがとうございました!

 

~ついにアジア脱出!でも不安だらけ~

こんにちは!

 

さて、これまで東南アジア、中国と旅してきた私ですが、ついにアジアを飛び出しアメリカに!

 

でも前回の記事をご覧の通り、中国では色々と考え込んでしまって疲れていました

 

それにアメリカへ行くのも不安がいっぱいで日本に帰りたい気持ちがピークに達していました

 

ここら辺からちょっとずつ滞在期間を削って、日本に早く帰ろうとするのです

 

まず、アメリカに渡る際に不安だったことをまとめてみる

 

  1. トランプ大統領の影響で入国審査が厳しくなっている。女一人で東南アジアや中国を旅してきたのって一見怪しくない?
  2. 物価がめちゃくちゃ高い。宿とか東南アジアの8倍くらいする
  3. 周りの人はみんな英語ネイティブだから中国とは逆の意味(自分が英語話せない)で意思疎通に支障をきたすのではないか
  4. 先進国ってみんなプライド高くてツンツンしてそう。困っていても助けてくれる人がいなかったらどうしよう

まあ、「こんな風にアメリカ行くの怖い、行きたくない」などと言ってたのですが実際のところはどうだったのかというと

 

1に関してはいらぬ心配でした

むしろいままでの入国審査で一番はやかったのではというくらい滞りなく終わりました

 

2について、アメリカ最初の都市はサンフランシスコだったんですが、なんせ物価が高い!食費を抑えるため、スーパーの食パンで生活していました

 

3、英語は勉強中だから言っても仕方ないし、むしろどんどん話して上達しなきゃ!とは思いつつも欧米の人は体大きいし、ちょっと怖いし、自分が上手に話せないのが申し訳なくて出来るだけ人と話さなくてもいいようにしてました

実は宿代を抑えるためにカウチサーフィンというサービスを使って、無料で人の家に泊めてもらうということも出来たんですが、主に英語能力の不安により使用しませんでした

 

4に関してはまた書きますが、どこにいっても親切な方はいらっしゃいます。大体の人は助けを求めると優しく対応してくれます

 

 

 

アメリカ滞在の日程

 

7/5~7/11 サンフランシスコ

7/12 ニューヨークシティ

7/13~14 NY シラキュースにいる友人に会いに

7/15 ニューヨークシティ(主にブルックリン)

 

シラキュースに日本の友達がいて、その子と日程合わせるためにサンフランシスコ滞在が長めでした

 

サンフランシスコ~ニューヨークは飛行機でニューヨーク~シラキュース~ニューヨークはバス移動

 

ざっと概要はこんな感じですかね

 

次の記事から具体的なこと書いていきます!

 

今日も読んで下さりありがとうございました