風を訪ねて

「自分でもどこへ行くのか分からない。それでも何かを目指して進みたい。」なんて思ってる私の日々の記録。

~生き急ぐ~

 
 
大学1年生で
 
何か一つの活動に集中するでもなく、色々なことに手を出していると
 
「どうしてそんなに生き急ぐのか」
 
と言われる。
 
 
生きることに遅いも速いもあるのか。
 
 
もし人生が一つの道で
 
私がその道を歩いているのだとしたら、
 
 
心という名の影はずっと同じ場所にとどまっていて
 
私の体だけが前へ前へと先に進んでいるのだろう。
 
 
体が向かう先はどこだ。
 
 
人生の終着点はどこだ。
 
 
「死」なのか?
 
 
取り残された影が生きづらさを感じているなら
 
 
「死」は体が向かうところにはないはずで
 
一歩も前に進めないでいる影とともにあるはずなんだ。
 
 
 
体は道の先に「幸せ」を求めているのかもしれない。
 
焦って、つまづいて、ぼろぼろになって
 
だけど
 
心のために早く幸せをとってこないとだめなんだ。
 
 
どうして?
 
 
私は生き急いでいる。
 

~未来を考える合宿~

3月22日から二泊三日でくすのき学派さん主催の「22世紀の社会を描くーー合宿型シンポジウム」というものに参加してきました

 

知らない方はこちらのイベントページを見てから読まれた方が分かりやすいかと思います

 

22世紀の社会を描く――合宿型シンポジウム

 

かけがえのない経験、出逢いをしたと思ったのでこの気持ちを今書き留めて残しておきたい使命感から久しぶりにブログを書いています

 

 

参加するまで

4月から始まる大学生活を、より充実したものにするため春休み中に何か自分に影響を与えてくれるようなイベントを探していたところ、Facebookのイベントページで見つけたのがきっかけです

募集締め切りは過ぎていたものの「100年後を見据えて、人々が本当に望む社会を描く」というシンポジウムの目標に私が将来やりたいことと近いものを感じ、どうしても参加したい!と思いくすのき学派さんに直接メールして参加させていただけることになりました

私が将来やりたいことについてはまだ文字におこしていないので、また近いうちに記事にしようと思っています

 

シンポジウムの私の目標

目標は大きく二つあって、一つ目は

 

「シンポジウムの目標を達成するために自分が最大限できることをする」

 

もちろん参加する以上全体の目標を参加者全員が意識するのは当たり前だけど、イベントページを目にする前から社会の将来像を描いてみたいと思っていたのでよりいっそうシンポジウムが成功してほしいと願っていました

シンポジウムを成功させるために他の参加者さんより知識が浅い私にできることは、素朴な疑問を投げかけたり、議論が進む中でもなんのための議論なのか方向性を見失わないことだと思っていて、合宿中はそれらを意識していました

 

二つ目の目標は自分のための目標で

「自分の内側にあるものをアウトプットを重ねることで具体化して、これからするべきことを見つける」

将来やりたいことはあるけどそれを叶えるために今すべきことが分からない状態だったので、自分を見つめ直すことで在学中に何をするかある程度明確になればいいなーって考えからこの目標をたてました

 

三日間の心の変化

本当は具体的に何を話して、どんな議論になったかを細かく記録できればよかったんですけど、合宿の内容が濃すぎてちゃんと覚えていないのが惜しいです

ただ、あえてひとつひとつ振り返ることはせずに、三日間を終えた今、自然と心に浮かんできたものに従って言葉を綴るのも一つの総括の仕方だと思います

そこで浮かんできたのが合宿を終えるときの気持ちに至る三日間の心の変化を思い起こすことです

 

一日目:

 

集合場所に向かうまで、知り合いが一人もいない不安がある一方、きっと何とかなるんだろうなと不思議と思えていたのでそれほど緊張はしていませんでした

どんな出逢いがあるだろう、どんな未来を描けるだろう、自分はどう変わっていくだろう

不安よりもワクワクが大きかったです

 

それからみなさんと顔を合わせバスに乗り込みましたが、まだ誰がどんな人かわからなくてしばらくは様子を見ながらというか、少しずつ距離を縮めるイメージでした

 

それが宿に着いて、円になって一人ひとり自己紹介をしたときには、気持ちや考えをありのままにぶつければぶつけるほど、この人たちも熱意をもって応えてくれると感じました

 

雰囲気が良いというだけでは説明できない、この約50人が集まったからこその居心地の良さ

 

約50人とかみなさんって言葉だけで表すのは、ばちが当たりそうなぐらい私にとっては特別な人たちでした

 

そして分野ごとに問いを立てて議論やワークを始めました

 

一日目の感想としては、まず圧倒的に他の人の口から出てくる言葉は私の知らないことに溢れていて情報過多に溺れそうでした

 

それに意見や疑問を伝えようとしても私の語彙力がなくてすらすら話せなかった

 

なんとか自分が使える言葉で必死に伝えようとすると、周りの人が私の思いをくみ取ってくれて簡潔な言葉にしてくれて、

 

「なるほど、その言葉を使えば表現できるのか」

 

と何度も学ぶ場面がありました

 

集まった人は大学生が多くて、たった数年しか生きてる差はないから対等な位置で議論がしたかったのに、どうしても自分は未熟なんだ、年下なんだと思わざるを得ませんでした

 

他の人が大人に見える原因はたぶん教養だけではなくて、うまく言えないけどみなさんはそれぞれ自分の立ち位置をしっかり持っているように感じました

 

自己が安定しているといえばいいのかな、、

 

とにかくもっと経験や知識があれば、この人たちの見ている次元が私にも見えるのに、、

 

教養の無さは知っていたつもりだけど、やっぱり悔しい

 

はやくこの人たちに追いつきたい

 

疲れ切ってぼーっとする頭でそんな気持ちを抱えながら終えたのが一日目でした

 

二日目:

 

二日目に一番感じたのは個と全体の両立

 

目標にも掲げていたようにシンポジウムを成功させたいから議論に集中したいのに、気づいたら考え事をしていて

 

「この合宿が終わったら、まず知識が足りないから本を読まなきゃいけない、でも本を読むだけじゃなくて他に色んな活動もしたいしバイトもしたいしどうバランスをとるか考えなきゃなぁ、、、」

 

とか

 

「このシンポジウムをするに至るまでの経緯はどんなものだったんだろう、私にもこういう場がつくれるかなぁ、作ってみたいなぁ」

 

なんて感じで自分のための考え事ばっかりが議論の最中に浮かんでいました

 

 

そんな時、一日の振り返りをする時間に運営の方とお話をする機会が出来て、率直にくすのき学派のこと、メンバーみなさんのことを知りたいと伝えたらたくさん教えてくださって

 

話してくださった内容もだし、また、くすのき学派のみなさんの関係性が本当に素敵で

 

 

ああ、とにかく今はこの方たちを信頼して身を任せればいいんだ

 

 

この素晴らしい空間をじっくり味わいたいな

 

 

って

 

心があったかくなって安心して、自分の中にあった焦りがなくなったんだと思います

 

その後はすごく穏やかで、なおかつ好奇心に溢れていて、いい心持ちを保つことができました

 

 

三日目:

 

私がファシリテーターとして参加する政治分野がこの日で、少しでも詳しく勉強しておきたいと本を読んだり準備をしていたら、前夜(というかもはや早朝)は2時間の睡眠になってしまいました

 

ですが特に眠気や疲労感はなく、三日目はどうやら覚醒していたような

 

コンテンツの最後の準備と調整のため、学問コンテンツに参加できなかったのがすごく残念でした

 

私が政治コンテンツで議題として持ち出したのがアナーキズムの実現性」でした

詳しく書くとまた長くなっちゃうんで惜しくも割愛しますが、まったく新しい政治システムを考えることは、政治の根本的な役割を問うきっかけになり、決して上手くは議論が進まなかったですが面白い内容になりました

 

あとは議題の紹介をするときに少しだけ前で話したんですが、大勢の前で話すことに慣れてないためすごく緊張しました、、

リハーサルもなく前で15分も30分も話してる人ってやばいなって思いました、、

 

、、やばいなって(語彙力

 

政治がラストコンテンツだったので、その後振り返り、総括を行いました

 

合宿がもうすぐ終わってしまうさみしさから何度も泣きそうになっていたのはここだけの話です

 

 

 

さて、このシンポジウムで100年後の世界は見えてきたのでしょうか

 

 

私が思うに、100年後の世界はやっぱり不透明で、霧の中にあって、分からない

 

 

未来を考えるには三日間という時間はあまりにも短くて、きっと私達はスタート地点に立ったばかりなんだと思う

 

 

ただ、最後の「100年後、私達はどんな世界を生きていたいか」という問いにそれぞれが答えていた瞬間、約50人が同じ100年後に焦点を当てて想いを馳せているあの瞬間は何か特別なもので、よくわからないけど今後必要になってくるものな気がする

 

また味わいたい感覚でした

 

とにかくこの三日間は私にとってすごく大きな経験で、合宿後の懇親会も含め話した人すべてが尊敬する人で、なんだかお師匠がたくさんできたような、そんな嬉しい気持ちです

 

あと一つ、多分このシンポジウムに集まった人たちは決して同じ人はいないけれど、考えや生き方の方向性が割と近い人が多いのかなぁと思うので、

 

私としては合宿に参加しようとも思わないような人や思考の方向性が全然違う人の考え方、正義もいちいち理解できるような人間でありたいと、ふと思ったのでついでに書きました

 

 

実は収穫がありすぎてうまくまとめられなかったし、長い割に薄い内容になってしまって、この記事を公開しようか迷いました

 

ここに書いた以上にいろんな発見や学びがあって、伝えきれないワクワクと少しの不安と気の引き締まる思い

 

私がこれを読み返すたび、この色んな感情が入り混じった状態を思い出せるように、少しでもこの気持ちが他の人にも伝わるように、駄文だけど公開しておきます

 

おしまい!!最後まで読んで下さりありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜遂に最後の国、韓国〜

さて!最後の国、韓国です!!

 

韓国にはソウルと、あとはフィリピンで仲良くなった韓国人の友達に会いにジョンジュという町に行ってきました

 

まず韓国で何より感動したのは食べ物です

 

旅前半はアジアだったため、お米が食べられたのですが、アメリカ、ヨーロッパ、イスラエルは主食はお米ではありません

 

そのため、アメリカから韓国まで約一か月間、お米を食べられず、ものすごく日本食を欲してました

 

まあ、大体どの国に行っても日本食レストランはあるのですが意地になって行きませんでした

 

で、韓国に来て

 

何よりご飯がおいしい

 

やっぱ隣国として味付けがかなり近いのか、もう日本食恋しさが無くなりました

 

てことで!韓国で食べたものまとめてみます!

 

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まずはチーズも入ったアメリカンドッグ

 

韓国では仕上げに砂糖をまぶすのが一般的なんだとか

 

 

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続いてフライドチキン

 

フィリピンで友達がずっと韓国のフライドチキンが恋しいと言っていたので食べてみたらほんまにおいしい

 

日本のチキンとはまた違って、ジューシーでサクッとしてて、滞在中に3回は食べたほどはまりました

 

 

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これは最近日本で流行ってる韓国のかき氷、ソルビンです!

 

ふわふわの氷がおいしい~

 

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そしてトッポッキ

 

ピリ辛のなべにチーズを入れて一緒にいただきました~

 

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これもトッポッキだけど、こっちのは手作りで、友達のお姉さんが私の為に作ってくれました!

 

 

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そして、友達の実家が食堂でお母さんが朝ごはんに作ってくれたんです!

 

辛かったけどおいしかった~

 

韓国は旅行する人も多いと思うので、ぜひ韓国に行ったら色んな料理食べてみてください!

 

私もまだほかにも食べたいものがあるのですぐにでも韓国行きたい(笑)

 

 

まあ、食べ物の話は前置きとして、ソウルで私が何をしていたかというと、若者の街、ホンデ、シンチョン、をうろうろしていました

 

韓国旅行といえば明洞が一番ポピュラーな場所かと思うんですが、明洞は日本人と中国人ばっかりだと宿の人が言っていたので、地元の人が集まるところに行きたいなと思ってホンデとシンチョンに行きました

 

どちらも大学があるので、若者が集まって安い店も多いとのこと

 

服も安いし、おしゃれなカフェも多いのでおすすめだそうです!

 

私が言った時も若い人で溢れていて、路上でパフォーマンスをしていたり、高校生がアンケート調査やデモのようなことをしていたり活気に満ち溢れていました

 

デモといえば韓国ではデモなどの政治的活動が盛んで中学生、高校生からそういった運動に自主的に参加したりするそうです

 

よく政府の汚職事件が話題になる韓国ですが、官僚が問題をおこせばデモを行って抗議し、辞職させるというのでデモは韓国国内ではすごく意味のあることなんだそうです

 

宿でめっちゃ親切にしてくれたおじさんがいってました

 

 

 

そして、ホンデをぶらぶらと歩いていたら女子大生二人組に道を聞かれました

 

Tシャツにサンダルっていうすごくラフな格好をしていたから地元の人だと思ったそうです

 

そのまま話してたら仲良くなり、話を聞くと彼女たちは大学のボランティアで韓国の伝統的な行事、チェサの体験を行っているというので私も参加させてもらいました

 

二人について地下鉄に乗ること20分

 

少し歩いて三階建て程度の建物の屋上に案内されます

 

ここでチェサというのはどんな行事なのか詳しく教えてもらいました

 

ここでは日本でいうお盆のようなものと教えてもらったんですが、今調べてみると法事と言っている人もいるのでどっちが正しいのかはよくわかりません(笑)

 

どっちにせよ、ご先祖様に感謝する行事で、儀式の間はずっと家族のことを考えているようにと言われました

 

次はチマチョゴリに着替えます

 

町でレンタルしたらお金かかるけど、無料で着られてラッキー♪

 

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すごくいい感じに写真を撮ってくれました♪

 

そして少し作法のレクチャーを受けていよいよチェサの体験!

 

色んな食べ物が机の上に並んでいて、その前に並んでとにかく立って座ってお辞儀してまた立つの繰り返し

 

日本のお盆だったらお経あげてる間ずっと正座してるのがしんどいけど、韓国のチェサは動きが激しくてしんどい、、(笑)

 

おそらく20分ほどの儀式を終え、その後みんなでおやつを食べました

 

 

さて、ソウルにしばらく滞在したあと、こんどはバスで3時間ほどかけて友達に会いに行きます

 

フィリピンの学校で知り合ったJustin

 

あ、これは英語名です、本名は、、、、

忘れました(笑)

 

フィリピンで出来た韓国の友達のほとんどは既に留学やワーホリに行ってしまって韓国国内にはいなかったのですが、Justinは韓国にいて、家に遊びにおいで~と言ってくれたんです

 

彼の地元ジョンジュに着き、Justinの車に乗って遅めのランチへ

 

映画見ようってなったけど映画館の駐車場に入れず、適当にドライブして湖行ったりして、Justinの家に!

 

私は韓国の生活を垣間見れることになってテンション高め

 

姉夫婦と一緒に住んでいるらしくて、その姉夫婦の双子の息子がめちゃくちゃかわいかったです

 

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 双子ちゃんたちとたくさん遊んで、次の日はJustinが色んなところへ遊びに連れて行ってくれました!

 

そしてその日の夜行バスでソウルに戻ります

 

韓国にいてて考えたのは、韓国と日本って似てるんだけどやっぱ違うってこと

 

体験したチェサも、ご先祖様を祭るという行事の意味は一緒でも作法が全然違うってところとか、

 

家の様子ファッション世界的にみたら日本と韓国はほとんど同じように思えるけど、日本人からすれば韓国はまた日本とは違うし、逆もそう

 

なんか、そんな風に同じところ、違うところを探すのが楽しいなって思いました

 

隣国なのに私は韓国のこと全然知らない

 

これまでの歴史でも深い関わりがあったし、距離も近いからこそもっと知っているべきなんですね!

 

そしてそして、、、、

 

ソウルに戻ったその日

 

ついに日本に帰国しました!!

 

124日、約4ヶ月の旅が無事に終わりを迎えました

 

 

次の記事では世界一周をふりかえって、私が世界を見てきて感じたこと、これからやっていきたいことをまとめたいと思います

 

正直、全然まとまらないんですが、何言ってるのかわからないのはいつものことなので私なりに精一杯書きます

 

では次の記事でお会いしましょう!

 

〜聖地で宗教の存在を考える〜

突然ですがみなさん、イスラエルってどんなイメージがありますか?

 

私がイスラエルに行くと言ったとき、大抵私の友達は

 

「危なくない?大丈夫なの?」

 

と心配して言いました

 

ガザ地区のことを見聞きしてか、それとも中東にあるということでISの印象が強いのか、かく言う私もイスラエルは命の危険にさらされるような危ない場所だと思っていました

 

 

しかし、実際のところは治安も良いし、他のバックパッカーがよく訪れるような国と変わりありません

 

もちろんガザ地区など一部地域は渡航禁止区域になっていますが、テルアビブやエルサレムなど旅行で訪れるところは観光客が危険にさらされることはほとんど無いと思います

 

あと、意外に思われがちなのは、イスラエルはほかの中東の国々とは少し違い、IT大国といわれる先進国です

 

ワイヤレス充電がiPhone8、iPhoneXで話題になる前から既にイスラエルの空港には設置されていました

 

ちょっとでもイスラエルについて知っている人であれば不思議には思わないでしょうが、中東戦争も知らない私たち若い世代の人は全く興味も関心もなく、検討違いのイメージを持ってる人も多いと思うのです

 

逆にいえば興味も関心も持つ必要のない、日本にはそれほど馴染みのない国なんだと思います

 

そして、さきほど危険じゃないとは言いましたが、全く危険がないと言っているわけではないのでそこは勘違いされないように、、、

 

というのも、3つの宗教の聖地があるエルサレムではよく宗教上の対立が起こります

 

ちょうど私が渡航する前にも「神殿の丘事件」というここ最近では一番大きな衝突に発展した事件があります

 

きっかけはイスラム教徒がお祈りをする神殿の丘内のアル=アクサー・モスクイスラエル警官二人がパレスチナ人に銃殺されたことでイスラエル側が神殿の丘に金属探知機を設置たことです

 

これまで何の制限もなく入れていた神殿の丘に規制がかかるのはイスラム教徒に対する侮辱だとして、神殿の丘付近でパレスチナ人とイスラエル警察の衝突が起きたのです

 

押し合いみたいな衝突でパレスチナ人は特に武器などは持ちませんが、イスラエル警察が威嚇のために発砲して被害者が出ることもあります

 

この衝突が影響して、ヨルダンのイスラエル大使館イスラエルの警備員がパレスチナ人に襲われ、抵抗したイスラエル警備員によって襲ってきたパレスチナ人が銃殺されたのです

 

 

この結果、ヨルダンとイスラエルの間には緊張がはしり、最終的にはイスラエルが神殿の丘に設置した金属探知機を撤去するという形でこの事件は終息しました

 

が、この事件の間にユダヤ人を狙ったパレスチナ人による殺害事件が頻発しました

 

私が理解しているのはこんな感じですが、もっと詳しく知りたい方はこちらを参考にどうぞ

オリーブ山便り|イスラエルを中心とした中東・世界のニュースをエルサレムから

イスラエル国内のニュースなどが日本語でわかりやすく解説されています

 

あくまでイスラエルユダヤ人)とパレスチナ人の衝突なので旅行者が巻き込まれることはほぼないですよ、衝突が原因で治安が悪化することもないですよ、ということです

 

私が行ったときも、衝突があった直後にもかかわらず、観光客の数がすごかったです

 

あとエルサレム観光地化されていて、客引きがしつこいので、聖地の厳粛な雰囲気があまりなく、私としてはそれが残念でした

 

でも、エルサレムにいったからこそ、現地の人と話して、直接意見を聞くことができたのです

 

 

宿泊先でのことです

 

ゲストハウスのオーナーに私が平和な世界を作りたい、戦争を減らすために何かしたいということを話すと、彼は平和についてこう語ってくれました

 

平和というのは力のバランスなんだ

 

二つの国があり、その片方の国が弱くて平和を望んでいたとする

でももう片方の国の方が強いことが分かっていれば強い国は勝てるから戦争をしかけるんだ

 

だから、弱い国は強気な姿勢でいつでも戦えるようにみせなければいけない、弱さを見せてはいけない、たとえ平和を望んでいたとしても」

 

彼の話は続きます

 

 

「また、こんなことも言える

 

現在、イスラエルパレスチナ圧倒的にイスラエルの力が強い

 

パレスチナイスラエルに匹敵する軍事力を持つことが出来ないから、今はそれほど大きな戦争が起きていない、つまり平和が成り立っている

 

平和というのは力の天秤が偏っているから成り立つんだ

 

もしここで、イスラエルが弱さを見せればどうなるか

 

パレスチナが土地の奪還を狙って大きな戦争が起きてしまうだろう

 

そうならないためにも、イスラエル側は平和を望むからこそ、圧力をかけ続けなければいけない

 

ところどころ話がわからなくて私の解釈で補っていますが、だいたいこんなことをオーナーは話してくれました

 

そして、「君は平和のためにいったい何をするんだい?」と尋ねられました

 

 

私は答えることができませんでした

 

  

戦争が無くなることは無い

 

 

 

そう言われているようでした

 

 

たぶんこの考えがここエルサレムでは正しい考えなんでしょう

 

ずーーっと昔から、この土地を奪い合ってきたエルサレムで現状では軍事的な争いが起きていないということはどこかの勢力が圧倒的なことを示し、別の勢力は抑圧されることを意味します

 

 

この土地では敵がいることが当たり前で、敵に支配されないようにたとえ自分が平和を望んでいても、相手に力を見せ続けなければいけません

 

もし勢力が拮抗してくれば再び戦争が起こる

 

やるかやられるかのどちらか

 

 

軍事の強化を怠ってはいけない

 

 

そうやって自分たちの家族を守っていく

 

 

 

 

 

 

  

でも、これから先もずっとこのままなんて悲しすぎませんか

 

私はこの話に納得したくありません

 

 

ずっとにらみ合って力の差を見せつけて、力が拮抗してきたらまた戦って、またにらみ合って

 

 

数千年も土地を奪い争ってきたから、この争いはこれからもずっと続くなんて後ろ向きな考えじゃなく

 

これまでたくさん争ってきたからこそ、もう次のステップに行けばいいとおもうんです

 

敵も味方もない、誰もが安心できる所にしていくべきです

 

今だって、同じ町に暮らして生活しているじゃないですか

 

ユダヤ人もパレスチナ人も、キリスト教徒であれ、ムスリムであれ、ユダヤ教徒であれ、同じ電車、バスに乗っている

 

 

なのにどうして、組織的にはにらみ合っているのか

 

宗教的な理由って言うけれど、宗教だって争いを生むために出来たわけじゃないでしょうよ

 

無宗教な私にはわけがわからない

 

 

 

悔しいけど、私の価値観では説明しきれない何かがあるのでした

 

宗教という存在が、私と彼らの価値観の違いをつくっていました

 

オーナーの考えを否定したくはないんだけど、、

 

だけどあまりにも悲しすぎるから

 

もっとイスラエルのことを知って、宗教の事も勉強して、私も1人のの当事者になって、新しい道を探したいなと思うのです

 

 いやほんと、宗教って難しい

 

 

 そう実感したイスラエルでしたとさ

 

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次は最後の国、韓国です!

 

 

〜個人的にイチオシのポーランド〜

突然ですがポーランドって

 

めっちゃ女子ウケいいと思うんです

 

私が行った都市はクラクフワルシャワなんですが今日はひたすらポーランド推しな記事です

 

まず、

ポーランドの良い所

 

ヨーロッパなのに物価が安い

 

宿泊費が東南アジアよりちょっと高いぐらいでアメリカやイギリスとは比べ物になりません

 

そしてクラクフという町

 

観光地として有名な町なんですが、旧市街がとにかく素敵

 

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旧市街の真ん中は大きな広場になっていて、真ん中にはいくつかの建物が建っています

 

その一つは中がマーケットになっていて、ずらーっと並んだお店で安くてかわいいお土産が買えます

 

荷物になるから今回私は買えなかったんですけどね、、、

 

ポーランドはロシアからの影響も強いのかマトリョーシカとかも売ってました

 

あとすごくかわいかったのが木彫りの小物、陶器も有名なのか町の至るところでかわいいデザインの皿やカップが売られていました

 

そして広場では、様々なアーティストがバンドや芸を披露していました

 

とにかく明るい雰囲気で、みんな音楽にノリノリになったりとかして素敵でした

 

さらにクラクフの街並み!!

 

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ふとした路地で撮った写真なんですけど、石畳の道路が良い味だしてます

 

続いてワルシャワ

 

ワルシャワの旧市街も素敵なんです!!!

 

戦争でボロボロになった街を、一度はソ連監修の下、再建したそうなんですがワルシャワ市民たちは気に入らなくて自分たちの手で戦前のワルシャワを完璧に再現したんだとか!

 

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 (この日は天気が良くて写真写りがむっちゃ良かった!あとなぜかガッツリ加工してる写真しか残ってなくてごめんなさい)

 

パステルカラーの建物がとにかく!!かわいい!!!

 

広場では子供たちが水遊びしてたり

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楽しげな雰囲気~~

 

ワルシャワでの宿はちょっと郊外にあって、(中心部は物価がちょっと高い)周りは住宅地だったのですが、外を歩いていると現地の人が目を合わせてにこって笑ってくれるんです~

 

現地の人が笑いかけてくれるのなんて東南アジア以来ですごくうれしかった、、!

 

はい、てことで女子のみなさん、ロンドンもいいけどポーランドもおすすめですよ!

 

というだけの話でした!

 

 

まあ次がイスラエルということで緊張していたので、ポーランドでは出来る限り気ままに楽しく過ごすことを考えてました

 

てことで次はイスラエル

 

あんまりイメージが無い方も多いとおもうので、ぜひ読んでくださいね!

 

 

 

~アウシュビッツ強制収容所~

ベルリンからポーランドクラクフまで向かうバスの道中、ドイツとポーランドの国境はバスに乗っていてもわかります

 

ポーランドへ入った瞬間、バスがガタガタ揺れるのです

 

昔に作られた石畳の道路が残っているのだとか

 

さすがに全部の道がガタガタ揺れるわけではありませんが、夜中何度も起こされました

 

そして早朝にクラクフに到着

 

宿はクラクフに予約してあるのですが、ここからバスで2時間ほどのところにアウシュビッツがあるので日帰りで行きます

 

ちなみにアウシュビッツってドイツ語の地名でポーランド語ではオシフェンチムと言います

 

朝一番のバスに乗り込みアウシュビッツ強制収容所

 

到着すると既に入場待ちの列ができていました

 

すると後ろから英語で

 

「中国語話せますか?」

 

同じアジア人の顔だったので中国人であることを期待したのでしょう、中国人のお姉さんが話しかけてきました

 

せっかくなので一緒に見て回ることにしました

 

カンボジアのS21で気を失ったことのある私としては一人で行くことが避けられてよかったです

 

ちなみにこの日は

 

どんよりした空気が漂います

 

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収容所はたくさんの棟に分かれており、それぞれに一つのテーマを設けて資料や解説が展示されています

 

ただ、今回私は解説をちゃんと読んでいないし、すべての棟に行ってもいません

 

いくつかの棟に行って、写真や展示品を軽く見て回りました

 

解説が全て英語で時間がかかるというのもありましたが、カンボジアのときのように、また気分が悪くなるんじゃないかと恐れていました

 

銃殺場地下室なんかもあったんですが、ちょっとでも当時のことを想像しようとしたら雰囲気に飲み込まれてしまいそう

 

できるだけ感情を飲み込まれないように、深く考えすぎないようにしていました

 

アウシュビッツ強制収容所跡には、一度だけでなく、これからの人生の中で何度も来ようと来る前から決めていたので、今回は建物の様子を観察する程度でもいいやと思っていました

 

事実、ここにはただ建物があるだけでもう何もないのです

 

 

人々が収容されていたのは70年以上も前の事、死体があるはずもなければ、匂いだって残っていません

 

それでもここで何か恐ろしい雰囲気を感じるのは、残された写真、建物、資料をみて私が想像しているからにすぎません

 

だからどうって訳でもないですが

 

なんとなく思っただけです( ¯ω¯ )

 

 

アウシュビッツ強制収容所二つに分かれていて、もう一つの場所は第一収容所から無料でシャトルバスがでています

 

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ただただ広い

 

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ホロコーストを経験し、その実体験をつづったV・E・フランクル『夜の霧』を思い出しました

 

敷地全体に張り巡らされた金網フェンス粗末なトイレ木のベッド

 

私が読んだ本に挿絵があったかどうかは覚えていませんが、私が思い描いていた収容所そのものがここにはありました

 

収容所と聞くとコンクリートでつくられた牢獄のようなものを想像しがちですが、実際は全てが粗末なものでした

 

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収容所内に咲いていた小さな花は、当時も咲いていたのかな、、

 

ここもしばらく見学した後、一緒にいた中国人女性とクラクフに戻りました

 

 

 

このクラクフという町、ほんとに素敵な町で滞在期間を延ばしたぐらいなんですが、テンションが違いすぎるのでまた別の記事で書きますね

 

それでは、今回も読んで下さりありがとうございました!

~ベルリンで奇跡の帰還!?~

ヨーロッパ二つ目の国、ドイツです!

 

ドイツを選んだ理由は、小学生の頃に読んだアンネの日記の影響でナチスへの関心が以前からあって、

 

ナチスについて学びたいと思ったからというのと、アウシュビッツ強制収容所に行きたかったからです

 

でもね、アウシュビッツってポーランドにあるんですよ

 

知ってました?

 

私は実は知らなくて、アメリカでドイツの計画立ててるときに知って衝撃でした

 

ほぼアウシュビッツのためだけにドイツ行くのにポーランドかいっ!!

 

結果、ポーランドも予定に加わりました

 

そんな背景でドイツ、ベルリンに訪れたんです

 

到着二日目、自転車レンタルが近くの店にあったので、Googleマップで行きたいところを事前にチェックして

それをみながら自転車で巡ることにしました

 

まず一か所目は国会議事堂です

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軽く写真を撮って立ち去ります

 

次はブランデンブルク門

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ベルリンってドイツの首都だからもっと建物が密集していて人も多いと思っていたんですが、そうでもなく

 

ドイツ語や、ドイツ人の顔立ち(私のイメージでは鼻が大きめ)から感じるに、イギリスと比べて陽気な雰囲気があります

 

同じヨーロッパでもはっきりとそれぞれの国に特色があっておもしろい

 

ブランデンブルク門を後にし、次に来たのはこんなところ

 

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虐殺されたユダヤ人を追悼し、ドイツの人々がその過ちを忘れないように作ったというモニュメントです

 

団体のツアー客が来たりしていましたが、一方で地元の人は犬の散歩の休憩で石に腰かけたり、子供がかくれんぼをしたりしていました

 

私はそれを悪いことだとは思いませんし、むしろベルリンでは町の至るところに戦争の傷跡が残されていて、それが生活のなかに溶け込んでいます

 

生活の中に溶け込んでいるからこそ、日常の中でふとした時に戦争について思い出すことができるんじゃないでしょうか

 

後世に伝えていくにはそんな日常に潜むメッセージの方が、学校で一度習うだけとかよりはいいと思います

 

まあ、このモニュメントが当初から休憩用のベンチや子供の遊び場になることを想定していたのかは定かではないですが、、(笑)

 

 

続いてはテポのトポグラフィー

 

かつてナチスゲシュタポ、SS、SDの本部があった跡地に現在はナチス政治を記録し後世に伝えるための資料館として建物が建設され無料で公開されています

 

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中には時系列にドイツ語と英語で表記されたナチスの解説が並んでいます

 

1時間ほど、わからない単語も調べつつ読んでいましたが、それでも全体の5分の1ぐらいしかすすんでおらず、

 

あまりに時間がかかり過ぎるので写真を中心に気になったところだけ集中して読みました

 

理解できている内容は読んだ部分の半分もないと思うので聞かないでください、、

 

気になった写真で、ナチスが見せしめに何人ものロシア人を道路の並木にぶら下げて、首をつっている写真がありました

 

なにもかもが異常だった

 

そう印象づける写真でした

 

テロのトポグラフィーをあとにし、次はランチです

 

ドイツっておいしいものがたくさん

 

前日も夜に食べたパンに挟まっていたチーズが美味しすぎて感動

 

そしてこの日は有名なカリー・ヴルストのお店「CURRY36」に行きました

 

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カリー・ヴルストとはソーセージの上にカレー粉をまぶし、ケチャップをかけたB級グルメです

 

いやーおいしかった

 

おなか一杯になって、再び自転車に乗り、今度は丘の上にある戦勝記念塔を目指します

 

ここまでめちゃくちゃ充実してるドイツ、鼻歌なんか歌いながらどんどん進みます

 

戦勝記念塔まであと坂道一本というその道で、人の大衆にぶつかります

 

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見た感じデモかパレードか、どうやらセクシュアリーマイノリティがその権利を主張してゲイパレードを行っているといった様子です

 

思わぬ群衆になかなか自転車が進みません

 

そして、アッと気づいたとき

 

 

自転車の後ろのかごにリュックと携帯を入れていたのでした

 

 

 

リュックはワイヤーキーで繋いでいましたが携帯はそのまま放り込んであるだけです

 

 

こんなに人が多い所だったら盗られる!と気づいて荷物を確認したときにはもう携帯はありませんでした

 

もしかしたら落としたのかもと思って道を引き返すもどこにも見当たりません

 

 

 

やってしまった、、、、

 

 

 

だってこんな人込みに遭遇するなんて思ってなかったし、他の自転車を見ても後ろのかごにそのまま荷物のせてるし、もしかしたらベルリンはスリとか起きないのかもしれないと変に過信して油断していた

 

ここまで最高の一日だったのに、、、

 

 

観光は中止して宿に帰ります

 

といっても、地図はGoogleマップ頼りだったから携帯がないと、超絶方向音痴の私は当然迷います

 

すると突然の豪雨とかみなり

 

 

あんまりだ(;▽;)

 

 

気分の落差が大きすぎる

 

なんとか宿に戻り、Simを入れてモバイルデータを使えるようにと買っていたアンドロイドを充電し、親に連絡

 

失くしたのはiPhoneで、日本にいる時から使っていたもの

 

Wi-Fi下でしか使えないため、Simフリー端末からWi-FiとばしてiPhoneを使おうと思って旅直前に買ったのが充電中のアンドロイド

 

でもあまりにアンドロイドがポンコツで使えなかったので、世界一周中はほぼiPhoneだけをWi-Fiのあるところで使っていて間違いなくiPhoneが旅の重要アイテムだったのです

 

LINEはもちろん、宿や航空券の予約、使ったお金の記録もiPhoneでしてた

 

写真や予約の控えはクラウド共有でアンドロイドでも見れるようにしていたけど、LINEそしてiPhoneにメモしていた覚え書きなんかはどうしようもありません

 

ポンコツアンドロイドで旅を続けなければいけない不安と、心の支えであった友人との連絡が取れなくなったことでその日一日泣きっぱなしでした

 

次の日、保険の手続きに盗難届が必要なため、重い腰をあげて警察に向かおうかという時です

 

ホテルの従業員が部屋に来て、私にこう言います

 

何か落とし物してない?

 

 

え??携帯失くしましたけど、、、?

 

 

警察が君の持ち物拾ったってホテルに電話かかってきて、午後1時に届けにくるらしいからロビーに取りにきてね」

 

 

は、、い、、、????

 

 

え、携帯戻ってくるの?

 

 

警察がひろった?

 

 

状況が把握できず、話を聞くと、どうやらiPhoneは盗られたのではなく、私が落としただけ

 

それをたまたま警察が拾ってiPhoneケースにこのホテルのカードキーが入っていたので連絡したとのこと

 

 

わああああ、まっじかあああああ

 

 

自分が落としてただけっていうオチ、恥ずかしすぎる

 

スリを疑ったベルリンの皆様ごめんなさい

 

 

しかし!!

 

とりあえず携帯は戻ってきそうですが、まだ安心はできません

 

なんせ昨日私が携帯を無くした後、あの豪雨でしたから

 

もし警察が拾ったのが雨の後なら間違いなくiPhone水没、使えなくなっているはず

 

 

どきどきしながら待ちます

 

そして、約束の時間

 

ロビーで携帯を受け取ります

 

 

電源は、、、、?

  

 

 

 

 

ついた!!!

 

iPhoneが、奇跡の帰還を遂げました

 

いやもう。ほんとに。よかったです。

ベルリン警察ありがとう

 

  

今回は運がよく、携帯が戻ってきたものの今後おなじようなことが起きても、戻ってくることは無いでしょう

 

気を引き締めて、旅を続けるのでした

 

感情の起伏が激しかったドイツ、今度はポーランドです

 

 

読んで下さりありがとうございました!