~アウシュビッツ強制収容所~
ベルリンからポーランドのクラクフまで向かうバスの道中、ドイツとポーランドの国境はバスに乗っていてもわかります
ポーランドへ入った瞬間、バスがガタガタ揺れるのです
昔に作られた石畳の道路が残っているのだとか
さすがに全部の道がガタガタ揺れるわけではありませんが、夜中何度も起こされました
そして早朝にクラクフに到着
宿はクラクフに予約してあるのですが、ここからバスで2時間ほどのところにアウシュビッツがあるので日帰りで行きます
ちなみにアウシュビッツってドイツ語の地名でポーランド語ではオシフェンチムと言います
到着すると既に入場待ちの列ができていました
すると後ろから英語で
「中国語話せますか?」
同じアジア人の顔だったので中国人であることを期待したのでしょう、中国人のお姉さんが話しかけてきました
せっかくなので一緒に見て回ることにしました
カンボジアのS21で気を失ったことのある私としては一人で行くことが避けられてよかったです
ちなみにこの日は雨
どんよりした空気が漂います
収容所はたくさんの棟に分かれており、それぞれに一つのテーマを設けて資料や解説が展示されています
ただ、今回私は解説をちゃんと読んでいないし、すべての棟に行ってもいません
いくつかの棟に行って、写真や展示品を軽く見て回りました
解説が全て英語で時間がかかるというのもありましたが、カンボジアのときのように、また気分が悪くなるんじゃないかと恐れていました
銃殺場や地下室なんかもあったんですが、ちょっとでも当時のことを想像しようとしたら雰囲気に飲み込まれてしまいそうで
できるだけ感情を飲み込まれないように、深く考えすぎないようにしていました
アウシュビッツ強制収容所跡には、一度だけでなく、これからの人生の中で何度も来ようと来る前から決めていたので、今回は建物の様子を観察する程度でもいいやと思っていました
事実、ここにはただ建物があるだけでもう何もないのです
人々が収容されていたのは70年以上も前の事、死体があるはずもなければ、匂いだって残っていません
それでもここで何か恐ろしい雰囲気を感じるのは、残された写真、建物、資料をみて私が想像しているからにすぎません
だからどうって訳でもないですが
なんとなく思っただけです( ¯ω¯ )
アウシュビッツ強制収容所は二つに分かれていて、もう一つの場所は第一収容所から無料でシャトルバスがでています
ただただ広い
ホロコーストを経験し、その実体験をつづったV・E・フランクルの『夜の霧』を思い出しました
敷地全体に張り巡らされた金網フェンス、粗末なトイレ、木のベッド
私が読んだ本に挿絵があったかどうかは覚えていませんが、私が思い描いていた収容所そのものがここにはありました
収容所と聞くとコンクリートでつくられた牢獄のようなものを想像しがちですが、実際は全てが粗末なものでした
収容所内に咲いていた小さな花は、当時も咲いていたのかな、、
ここもしばらく見学した後、一緒にいた中国人女性とクラクフに戻りました
このクラクフという町、ほんとに素敵な町で滞在期間を延ばしたぐらいなんですが、テンションが違いすぎるのでまた別の記事で書きますね
それでは、今回も読んで下さりありがとうございました!